トオルくんは学校に戻った(2)

予備調査から7ヵ月後の1999年8月、私は再びレンディーレ・ランドにやってきた。レンディーレの自然資源の利用と遊牧生態をテーマとした7か月間の本調査だった。集落に着いて2、3日をたってもトオルくんの姿が現れないから、どうしたのかと心配してまわりの人に聞いた。「トオルか、あいつは今ラクダキャンプにいるよ、よくあいつのことを覚えてるなぁ」と。「え!学校辞めたの!」と私はちょっとビックリした。「そう、ルボラ家のラクダを放牧してる」。「どうして?」。「そのうちラクダをくれるからさ」。私がこの会話の意味を理解できたのはかなりあとのことだった。

早朝、キャンプから日帰り放牧に出されるラクダの群れ

早朝、キャンプから日帰り放牧に出されるラクダの群れ

レンディーレ社会には、家畜をあまりもっていない人が一定の期間に他人の家畜を放牧して、報酬として家畜をもらうという「雇われ牧人」みたいなものがある。トオルくんは幼いこと父親を亡くし、あまり家畜を持っていなかった。彼は自力で家畜を増やそうと雇われ牧人をやりはじめた。「あの町人のようなふるまいをするガキはラクダキャンプでだいじょうぶかなぁ」と思いながら、私はトオルくんとの再会を楽しみにしていた。

集落で世帯・人口などの基礎データの収集を終えて、私はラクダキャンプを探す旅に出た。平原に町ができてから、レンディーレの集落はその周辺に定着するようになった。しかし町の周辺では水も牧草も乏しいから、家畜は放牧キャンプをベースに広域を移動するようになった。キャンプはラクダ、ウシ、そして小家畜(ヤギと羊)に分かれていて、それぞれ水場との距離を考慮してつくられる。ラクダは乾燥につよく水場から遠く離れても問題ないが、ウシと小家畜は2、3日おきに給水する必要があるため、そのキャンプはだいたい水場の近くにつくられる。ラクダキャンプは移動頻度が高く、移動領域も広いため、その正確な場所は集落にいる人にははっきりとわからない。キャンプへ行くためには、まず最近キャンプから帰ってきた人を探し出して、だいたいの方角と地名を聞き、その方向にむかいながら途中で会う人に聞くという方法しかない。
(写真は、早朝にラクダキャンプから日帰り放牧に出かけるところ)

はじめてキャンプで会ったトオルくんは、ほかの牧童とおなじ、上半身が裸で、腰に布を巻いていた。まだキャンプの生活に慣れていないのか、ほかの少年のうしろについて、何となく頼りないようすだった。前回来たとき、私の前で「I am your teacher」と威張っていたが、いまでは遠く見ているだけで近寄ろうともしない。ナイロビから連れてきた助手のレンディーレの青年に、「あのガキは集落にいたときとだいぶ違うなぁ」とトオルくんのことを話すと、青年は何の不思議もない顔で、「あなたはヘル(青年戦士)だ、イェレ(少年)は戦士に近寄ってはならん」と言った。

ラクダ放牧キャンプの牧童たち、右奥はトオルくん

ラクダ放牧キャンプの牧童たち、右奥はトオルくん

耳たぶに小さな棒が刺してある

耳たぶに小さな棒が刺してある

そういえば、青年たちをリーダとするキャンプでの調査を順調に進めるために、私はレンディーレの年齢制度に従い、「青年戦士」の身分をもらった。レンディーレ社会では男性の成人儀礼と結婚の時期を定める年齢制度があり、少年は集団割礼式を通過して青年戦士になり、戦士として14年間を務めたあと、結婚して長老になる。この年齢制度は男性の日常生活と労働を規定している。少年はだいたい7~8才でラクダかウシの放牧キャンプに住み込ん牧童になり、割礼をうけて青年戦士になったらキャンプの放牧管理者になる。青年戦士には、ひとりで食事をしない、女の人の前で食事をしないといったような規律が課されている。青年は結婚式をあげてから集落に家を建てて住むようになる。放牧キャンプでは、青年は牧童の監督役で怖がられる存在だ。

結局、ラクダキャンプに住み込んで調査した約5ヵ月間に、トオルくんは私に呼ばれる以外、私のそばに近寄ることはなかった。

2000年6月、3回目のレンディーレ調査に、私はたくましいトオルくんに出会った。背丈は伸び、裸の上半身から原野で鍛えられた力強さを感じさせられる。そして、彼は耳たぶに穴を開けている。レンディーレの人びとは南方に住むウシ遊牧民マーサイやサンブルの装飾文化の影響をうけ、耳たぶに大きな穴を開けて飾りをつける慣習がある。とくに成人儀礼を通過した青年戦士は、鮮やかなビーズ装飾とともに、耳たぶの穴に直径2cm以上の象牙の飾りを嵌めている。このような大きな穴をあけるには、小さいころから耳たぶに穴をあけ、木の小枝を差し込んで少しずつ広げなければならない。集落のほとんどの少年は耳たぶにこのような穴をあけているが、学校に通っていたころのトオルくんは自分はしないと私に言ったことがある。耳たぶに挿してある小枝を見た私は、トオル少年がもう学校のことを忘れたと思った。(つづき

(孫 暁剛)

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